日本の課題を表す、10・20・35・130問題。ーなぜ、人材領域に人と金が集まってきているかー
「日本の課題を3つ挙げよ」
と、聞かれたらあなたはなんと答えるだろうか。
先日、リクルートが1,300億円でグラスドア社を買収した。このニュースは、人材領域で働く人間に衝撃を与えた。国内最強の人材会社は、2012年買収したIndeedに加えて、世界で最強となるための両翼を手にしたからだ。
加えて、昨年あたりからリクルートホールディングスは投資銀行出身者など、国内でもとびっきり優秀な人材を経営のコアに雇い続けてきている。
つまり、今、人材領域、特にHR Techと呼ばれる「人材×テクノロジー」の領域には「人と金」が集まる、大きな流れがあるのだ。
では、なぜ「金と人」が流れつつあるのか?
その理由はシンプルであり、そこに「日本の課題」が密集しているからである。
この「なにが日本の課題で、どこに人材の伸び代があるのか」という問題はあまりに多く語り尽くされているようにみえる。しかし、その指摘はパラパラと散在し、薄い点としては散在しているが、まだ誰も全体像を語り尽くすには至っていない。
▼日本の課題をとらえた、10・20・35・130の問題
「日本」というのを、1つの株式会社として捉えた時、そのパフォーマンスはどう決まるのか。
これはいくつかの方法論が存在するが、そもそも「国のパフォーマンス」や「組織のパフォーマンス」というのは、以下の3つの要素で整理すると「わかりやすい」。
1.稼働率(100人中、何人が働いているか)
2.配置効率(何人の人が、どの仕事や産業を担当しているか)
3.生産性(一人一人が、どれだけ生産性が高く働いているか)
これはスポーツで例えると、わかりやすい。
たとえば、その国のサッカーチームの強さは、①そもそも、国内でスポーツするすべての人間のうち、何人がサッカーを選ぶか、という「絶対的な人数」にまず大きく左右される。そのうえで②誰をフォワードに置き、誰をディフェンスにおくか、という「配置効率」の問題があり、最後は③そのフォワードが「個人として」どれだけ活躍できるか、という「生産性」の問題に帰着する。
このように、ほぼありとあらゆる組織の生産性は、この3つの観点で分析するとわかりやすい。そして今、日本は、3つの領域、それぞれにおいて課題が存在している。
それが、10・20・35・130の問題である。
まず1つ目は「10」という数字だが、これは「実質的な失業率」の数字である。
日本は目に見える形の失業率は2%程度といわれるが、目に見えない「社内失業」の数が500万人程度といわれる。つまり「社内で仕事がない人」だ。この背景には「終身雇用を前提としているため、解雇しづらいこと」が大きく、500万人という数字は8%程度にあたるため、合わせて「10%」程度である。
二つ目は「20・35」という数字だが、これは「配置の問題」である。
別の記事で説明したように、そもそも、産業には「一人当たりの付加価値」に大きな差がつく。その差は最大20倍近くあり、加えて、現状の日本では、毎年100万人近い入職者が生産性の極めて低い産業に流れ込んでいる。この100万人というのは、約35%にあたる。この「20倍」と「35%」を取った数字である。
最後は、「130」という数字だが、これは「働きがい」に関する問題である。
具体的には、米ギャロップ社によると、日本は「熱意あふれる社員」の割合が6%(米国の32%)で調査139カ国中132位と最下位クラスにある。この132位の数字からきている。
つまり、①就業率、②配置効率、③生産性のそれぞれで、課題が存在しているわけだ。これが、10・20・35・130問題だ。
▼この問題に立ち向かう、「テクノロジー」には4つの方向性がある
では、これに対して、我々、人材マーケットは全体として、どう立ち向かおうとしているのか?
結論をいうと、4本のテクノロジーの力が働いている。ザッと国内マーケットを見渡すと、一概にHRTechと呼ばれている会社でも、明らかにいくつかの方向性が存在している。僕はその頭文字をとって、METIモデルと呼んでいる。
1つ目は、マッチング(Matching)。
「最適な場所に、最適な人をおくこと」を科学する流れである。Aさんは事業部Bに置いた方がいい、などというイメージだ。これは国内では、ビズリーチや、リクルートなどが主導していると考えられ、事業会社として一番最先端を進んでいるのは、間違いなく、セプテーニグループである。
2つ目は、エンゲージメント(Engagement)。
これは、エンゲージメントスコアと呼ばれる「従業員がどれだけ意欲的に仕事や会社にコミットしているか」を定量的に表そうとする流れである。国内では、モチベーションクラウド、Wevox、Geppoなどが展開し、「従業員の状況」を一瞬で把握することができる。
3つ目は、インベストメント(Investment)。
これは「従業員のHRデータに基づいて、投資の意思決定を促す流れ」である。たとえば「この会社は従業員のエンゲージメントが高いから、きっと株価が伸びるだろう」という予測を行い、投資することである。国内では、最強の口コミサイトの1つである「Vorkers」がすでに投資家向けに一部のデータを提供しつつある。
4つ目は、ツール(Tool)。
これは単純に「これまで紙でやってきたことを、ウェブでやりましょう」という流れである。OpenESと呼ばれる「エントリーシート」をウェブ上で提出できる仕組み、などがわかりやすい。国内にも数多のベンダーが存在している。
そして、これら4つの頭文字をとって、僕は「METIモデル」と呼んでいる。(省庁の頭文字と同じで覚えやすいからだ)
▼METIのテクノロジーは何を解決するのか?
では、この4つのテクノロジーは、一体「何の課題」を解決しようとしているのだろうか?
それがまさに、上述の課題(10・20・35・130)である。4つのテクノロジーの流れは前述の課題とピタッと一致しているのである。具体的には以下の図の対応関係にある。
テーマ |
「伸び代」を象徴とする数字 |
テクノロジーの分類 |
|
①稼働率 |
10 |
インベストメント(I) |
ツール(T) |
②配置効率 |
20・35 |
マッチング(M) |
|
③生産性 |
130 |
エンゲージメント(E) |
つまり、マッチングのテクノロジーは「配置効率」の問題を担当し 、エンゲージメントは「生産性」、そして、インベストメントは「稼働率」の問題を担当している。こういう構造だ。
このうち、一番わかりづらいのは1つ目の「インベストメントと稼働率」の関係だろう。
そもそも、なぜ「インベストメント」と「稼働率」がリンクしているのかというと、結局、稼働率とは「企業の配当性向」によってほぼ決定づけられるからである。たとえば、あなたがある企業のオーナーだとしよう。
もしあなたが社内の稼働率を上げたければ、社内失業者を見つけ出し、あぶり出し、解雇して、利益を最大化させればいい。一方で、社内の従業員を守ってあげたいと思うのであれば、利益を殺してでも、雇用を守る方向に進めればいい。つまり、インベストメント(金)が一番ダイレクトに解決できる問題は「雇用・稼働率」なのである。
その意味で、インベストメントと稼働率は極めて強い関係性をもっており、今のテクノロジーの流れは、この関係性を「可視化する」方向で進んでいるわけだ。これがHR Techを取り巻く「全体感」である。
▼エコシステムとして変化に対応するためには「三権分立構造」が必要
しかし、この4本の矢だけでは、実は十分ではない。というのも、常に社会は「失敗」するからである。そもそもだが、世の中を長期的な視点から「良い状態を継続する」ためには、常に三権分立のような構造が必要だ。僕は以下のように整理している。
言い換えれば、この3つを一つの会社で制したものは、どの世界でも覇者になりえる。
Amazonがわかりやすい。アマゾンは、AWSやAmazon本体として「システム」を提供しつつ、コンテンツとしての「メディア」を持っている。これに加えて、クレジットカードの情報を加えたデータの「研究機関」を保有すれば、たった1社ですべての要素を持つことができる。したがってどんな変化にも対応し続けることができる、こういう構造だ。
そして、現状、日本にはこの3つを制しているHRの圧倒的なプレーヤーは存在しない。だからこそ、全体で手を合わせ、同じ方向を向かないといけないわけだ。
▼ソリューションとしての、「SHIFT」
もちろん、僕らは動き始めている。具体的には「SHIFT」と呼んでいるムーブメントだ。
半年ほど前から、人材領域の中とたくさん会ってきた。いろんなひとの協力を得ながら、少しずつ形になりつつあるこの動きを僕らは「SHIFT」を呼んでいる。この活動の目的は、HR版のWikipediaをつくることである。具体的には、HRに関するすべての事例を、集結させ、それを世の中に解放する流れである。非公開ながら力強いメンバーが集まってきている。
これは7月に第一回のオープンイベントを行いたいと思っている。
▼『転職の思考法』
もう一つは、個人の動きである。6/20に『転職の思考法』という本がダイヤモンド社から出る。この本の目的は「自分のマーケットバリューが何によって決まるのか、を明らかにすること。そのうえで、最終的には、人材の流動性を担保することである。上述のようにいくらマッチングの精度が高まったとしても、必ずエラーは起こる。その際に「どうやって自分のキャリアを構築していくのか」というテーマの本になっている。
具体的にすでに原稿を読んでくれた人の感想はこうだった。
【転職したことある人、読んで欲しい本が出ます】
いずれも「もっと早く出てれば...」と思う書籍。6月に出る「転職の思考法」草案を読みましたが、めちゃくちゃ面白かった。
ノウハウ的な内容が、ストーリーとして追体験できる形式で書かれており、一気に読めます。
転職したことある人はぜひ、手にとってみてください
以上。