『週報』

北野唯我のブログ。人材領域をサイエンティフィックに、金融市場のように捉える為の思考実験の場。

問題を「センター」から解くか? 「サブ」から解くか?

 

「なぜ、転職の思考法は売れてるんですか?」

 

先日、WeeklyOCHIAIという番組に出させてもらった。その中で、NewsPicksの佐々木紀彦CCOからこんな質問をもらった。

 

そのとき、僕は「消費者から見た理由」を答えたのだけど、いまいち、しっくりこなかった。ずっとモヤモヤしていた。なので、もう一度考えてみた。そうすると、理由がわかった。

 

あの本が売れた理由は

 

・経済のセンターピンである「雇用」という問題に、ど正面から立ち向かったから

 

だと思うのだ。

 

問題を「センターの問題」から解くか? 「サブの問題」から解くか?

人が物事を解くとき、大きく二つの方向性がある。

 

1つは「センターの問題」をとくこと。つまり、一番でかくて本質的な問いに立ち向かうことだ。いきなり「本質をつく」方法だ。

もう一つは「サブの問題」をとく方法。つまり、「メインではないけれど、解きやすい問い」から解いていくことだ。この違いは、テストをイメージするとわかりやすい。一番、難しくて点数の大きい問題から解くか、解ける問題から解くか、ということだ。


そして、転職の思考法はこの両方、つまり「経済のセンターピン」である雇用というテーマを、「転職という具体的な方法」から解こうとしたのかもしれない。

 

そもそも、物事や課題には「センターピン」が存在している。センターピンとは何かというと、世の中の関心が「最も集まるテーマ」だ。世の中には、必ず、システムと日常生活の関心がクロスするポイントがある。図に書くと、こんな感じだ。

 

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そして、「経済のセンターピン」はなにかというと

・「雇用」

だと思うのだ。

 

振り返ってみると、経済のセンターピンは常に、雇用だ。日常に溢れているニュースや、大企業の給与や大量解雇の問題、トランプ大統領の選挙など、ほぼ全ての経済は「雇用」を軸に語ることができる

 

これはなぜかというと「雇用」というのは、参加できる人の人数が極めて多いテーマだからだ。サプライヤーと、ユーザー。雇用を提供する「投資・経営者サイド」と、雇用を享受する「労働者サイド」の双方がクロスする。

 

だからこそ、「雇用」は経済のセンターピンになりえる。雇用は、一部の経営者や、天才だけに関係があるテーマではない。全ての人の「日常生活」に密接している。


世の中に「たくさんの雇用」を生み出している起業家や経営者は尊敬されるし、「たくさんの雇用を消した」経営者はバッシングを受ける。トランプが大統領になれたのも「雇用の不安」を煽ったからだ。反対に言えば「テクノロジー」や「アート」単体では経済のセンターピンになりえないのだ。

 

 そして今、僕はこの「雇用」に猛烈に興味を持っているということになる。

 

物事の構造を捉えるときに「その問題のセンターピンはどこにあるのか?」を考える

最近、物事の構造を捉えるときまず「その問題のセンターピンはどこにあるのか?」ばかり考える。

 

そしてこの「センターピン」をセットしたら、あとは、そのセンターピンを取り巻く環境を「個人」と「システム」で観測し、その問題を解決する手法を見出す。こうやって問題をとく。

 

これは「理論モデル(アブダクション)」と呼ばれる問題解決手法だ。

 

そもそも、人が物事を構造的にとくとき、大きくいうと、2つの流派がある。(と僕は思っている)

 

一つは「因数分解である。これはコンサルタントが得意とする手法であり、よく使われている。ものごとを、X=A×(B+C)というように分けていく手法だ。MECEという単語も有名だろう。

 

だが、この因数分解モデルというのは限界がある。それは「見えている現象の範囲」でしか、問題を捉えることができないことにある。


これは当たり前の話で、「因数分解する」ということは、「ロジックツリーの一番トップの問題」が最もマクロなテーマになる。そして「根拠を求められる」限り、ロジックツリーの上位点は、既存の見える範囲しか、対象になりえない。
(もともと、コンサルだったこともあり、因数分解することは、ハッキリ言って楽である。)

 

そして、もう一つが「理論モデル」を作って、解く方法である。
これは先に公理を立て、その公理に基づいて「問題を予測し、解く」方法だ。
(ちなみにこれは演繹法帰納法というものとはまた違うものらしい)

 

この「理論モデル」の良さは「まだ見えていない物を解くことができる」という点だ。
加えて、一度構築した理論をもとに、次の理論を立てていくことで、次から次へと問題を解くことができる。加えて、強い理論は適応できる範囲が広い。


究極的にいうと、「適応できないテーマがない」のだと思う。

 

もちろん、デメリットもある。それは「完全に事実を100%証明しきること」ができないことだ。そもそも、理論というのは「最小で最大を説明すること」であるので、事象の漏れがどうしてもでる。これが弱点だと思う。

 

・人間社会のセンターピンは「雇用」「社会保障」「イデオロギー」説

 

何がいいたいのか。それは現在社会のセンターピンが、最近、3つなのではないか、と思うのだ。

 

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雇用は、社会保障と密接に連携しあう。社会保障は、雇用に影響を与える。
一方で、これは基本的には「国家」というものを最上位の概念においている。
だが、人は「国家」を最上位に置かないケースがある。
それが、宗教であり、思想であり、まとめると「イデオロギー」である。

 

だから、これらの3つが相互に影響しあい、社会が動いていくのではないか?と思うのだ。

 

ちなみに、これを経営のアナロジーに例えると、
こうなるわけだ。

・事業と成果
・人事労務制度
イデオロギーの対立

経営というのは、いきつくところ、
この3つのセンターピンを解く。
こういう行為なのではないか、と最近思う。(続く)