『週報』ー思考実験の場。

北野唯我のブログ。人材市場をサイエンティフィックに、金融市場のように捉える為の思考実験の場。

「外コンからなんで人材領域に来たんですか?www」に真面目に答えよう

 

今、「日本の生産性の低さ」が問題になっている。

そして、この問題は往々にして労働時間と紐付けられて語られる。

 

しかし、私は、「何が日本全体の生産性に最も大きな影響を与えるか?」と聞かれたら、間違いなく【人員配置】だと思うのだ。

 

外コンを辞め「人材領域」へきた理由は

 

全ては、【人員配置】の問題に帰着すること

 

それを証明し、自ら正すためだ。 

 

労働時間より、そもそも「どの産業に、何人おくか」の方が、インパクトが圧倒的に大きい

 

【人員配置】を、シンプルに言うなら「どの産業に、何人おくか」ということだ。僕はこれを【アロケーション仮説】と呼んでいる。

 

これを説明するためにまず、そもそも産業には明らかに生産性の偏りがあるということを確認したい。

 

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上の図は、主な産業の「GDP」を「就業者数」で割った数字を出している。上表のように、そもそも一人あたりの生産性は産業ごとに「大きな偏り」がある。例えば、1位の不動産と農林水産業では、最大で26倍もある。そしてこれは単なる、「装置産業」か「サービス産業か」という問題ではなく、例えば、同じサービス業でも「教育」と「宿泊・飲食サービス」は3倍近い差が存在している。このようにそもそも産業には明らかに生産性の偏りがあるのだ。

 

そしてマクロで見た時、日本全体の生産性に影響を与えているのはこの「人員配置(アロケーション)」なのだ。

 

というのも仮に、日本が100人の村で、その産業は「産業A」と「産業B」しかなかったとしよう。そして、産業Aは生産性が高く、産業Bは生産性が低いとしたら、100人の人々のうち何人がAを選び、何人がBを選ぶかによって全体の生産性は劇的に変わるのは明らかだ。

 

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※最大で2倍近くのGDPの差、それに伴う生産性の差が生まれる

 

もちろん、これは因果関係をミスリードしている可能性があるし、経験曲線を無視しているため、完全には事象を説明できない。だが、少なくとも「今後も生産性が低いと分かっている産業に、“新たに”大量の人を投入することは非効率」といえるのは間違いない。

 

一般的に、賢い人ほど物事を複雑に考えようとするが、本質的なものは常にシンプルだ。労働生産性に関するほとんどの問題も、こうやってシンプルに考えると、人員配置(アロケーション)の問題に帰結する。

 

そもそも、「労働時間」を短縮しても、「生産性」はほとんど変わらない

 

冒頭でも触れたが、僕は、「労働時間を短縮」しても生産性はほとんど変わらないと思っている。

 

なぜ、そう言えるのか?

 

これは段階的に確認していこう。まず、自明のこととして「人は働ければ働くほど、出せるバリューが下がる」。これを分かりやすく図に書くとこうなる。

 

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ということは、その人が出せる「バリューの総和」とは、これの合計(積分値)になる。

 

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そして「労働時間を短縮する」というのは、「生産性が落ちる時間をカットする」ということだ。下の図でいうと赤色の部分をカットするということだ。

 

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その意味で、生産性は確かに上がる。だが、その効果は極めて限定的だ。そのことは下の図から確認できる。

 

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もちろん、「無駄な時間をカットすること」自体はとても良いことだ。なぜなら、浮いた時間を人々は、家族や趣味など「他のこと」に使うことができる。「QOL(クオリティオブライフ)」は上がる可能性が高い。

だが、日本全体の生産性という観点に絞っていうのならば労働時間を短縮することで上昇する「生産性」は微々たるものだ。

 

一方で、人員配置は、最大で20倍近い「差」を生み出す。

つまり、

 

労働生産性「労働時間」ではなく「人員配置」の問題なのだ。

 

構造的な問題は「レモン市場であること」。学生が、永久に騙され続ける仕組み。

 

労働生産性に大きな影響を与えるのは、労働時間ではなく人員配置だ。

 

こう聞いて、違和感を覚える人は多いと思が、その理由を分析するなら以下の2つに分けられると思う。

 

1つは、「見えざる手」の話だ。つまり「仮に産業間に差があるとしたら、“見えざる手”が働いて、格差が是正されていくはずだ」ということ。生産性の高い会社は、順当にいえば給料も高く、雇用もたくさん行うはずで、人材もそちらへ流れるため、人材配置は最適化されるのではないかということだ。

 

もう1つは、「感情的なもの」で、「理屈は分かるけど、なんか嫌」ということだ。

 

これは、ちょっとだけ弁解させてほしい。まず1つ目の「見えざる手」についてだが、労働マーケットにおいては、実はこれはあまり機能していない。正確にいうと“極めてゆっくり”しか行われない。というのも、日本の労働マーケットは「レモン市場であるから」だ。レモン市場とは、Wikipediaによると

 

財やサービスの品質が買い手にとって未知であるために、不良品ばかりが出回ってしまう市場のことである、だ。

 

簡単にいうと、「買い手が入手できる情報が少なくて、めっちゃ騙されやすい市場」ということだ。日本の労働マーケット、特に新卒マーケットは、(1)データがないため、買い手となる大企業(人事)が極めて強く、(2)何度もやり直しがきかないため、「求職者の学習が進まない」のだ。

 

つまり「学生が、永久に騙され続ける(可能性のある)市場」なのだ。これが1つ目への答えだ。

 

人員配置をミスると、「誰も幸せにならない」

 

2つ目の「理屈は分かるけど、なんか嫌」に関して話すと、まず、この気持ちはよく分かる。なぜかというと、「人員配置」の問題は、着眼点が個人ではなく国全体だからだ。

そもそも普通の人にとって、仕事は「国のためにやっているわけ」ではない。自分の好きなことをやりたくて選んでいるので、「国の生産性」なんてぶっちゃけどうでもいいのだ。

 

だが、データを見ると、個人だって手放しに「生産性なんて、どうでもいいよね」とも言えないと思うのだ。

 

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内閣府http://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h26gaiyou/img/tz_15.gif

 

上の図は、「職場へ満足しているか、どうか」の国際比較だ。これを見ると「仕事が楽しい人の割合」が日本は諸外国に比べて20%近く低いことが分かる。

 

「生産性が低くても、自分の好きなこと」に人々が熱中できているのだとしたら、それは問題ではない。だが、実際の所は「楽しくないし、生産性も低いことをやっている人が多い」のが、悲しいが現実だ。だったらせめて「生産性が高く、給料が多めにもらえる仕事の方がよくないかな?」と僕は思う。というかそもそも、生産性が低い産業は長時間労働が常で、「仕事への満足度が下がる」のは当たり前に想定できる。

 

つまり、繰り返しになるが、全ての労働問題は、人員配置に帰結する、と思うのだ。【アロケーション仮説】

 

僕も「一度、ニートを経験しているから」

 

仕事柄、僕は色んな人と話す機会が多い。そのときに、だいたい決まって聞かれる質問がこうだ。

 

「なんで、人材領域に来たんですか?www」

 

この“www”の部分に、いつも含みがあるように感じる。それは「あなたは、有名な企業にいたのに、なんで新卒領域なんていう、きな臭いマーケットに来ちゃったんですか?」という嘲笑に近い目だ。確かに、人材マーケットは、胡散臭いし、古臭いイメージがある。

 

だが、この質問に真面目に答えると、理由は2つある。1つは、上述のように「全ての問題は、人員配置である」という【アロケーション仮説】という強い自説を持っているからであり、もう1つは「自分も苦労したから」だ。

 

僕は新卒で入った会社を4年弱勤めて辞め、海外をしばらく転々としていた。帰国した自分が直面したのは「日本における、再就職の大変さ」だった。日本の労働マーケットは、聞いていた以上に「一度レールを外れた人」に厳しい。日系企業は、(サントリーという素晴らしい企業を除いて)エントリーシートで落とされまくった。自分の実力のなさもあるだろうが、20代の前半で「レアな経験(事業会社の経営企画・経理財務)」をしていたのにもかかわらず、面接にすら進むことができなかった。

 

そして、これは僕だけの問題ではない。

 

先日、読んだ記事で「高学歴プア」が取り上げられていた。


それは、有名大学を卒業したにもかかわらず、年収200~300万円で生活している人の記事だった。この記事を読んだとき「自分も十分にこうなる可能性があった」と素直に感じた。そして、そうならず、最終的になんとか外資系戦略コンサルに拾ってもらえたのは「たまたま、最初に入った会社の部署が良かったから」の部分が大きいと思った。

 

つまり、僕がこうなっていないのは

「人員配置という、“運”が良かったから」

なのだ。

 

 

だが、将来を担うあなたや私の子どもが同じような運に恵まれるとは限らないし、そもそも僕らは、全員が全員ウォーレンバフェットや大谷翔平になどなれない。そんな中で、「受験勉強を頑張って、良い大学出ても意味ない。一生会社の奴隷」となったらあまりに絶望すぎる。だから僕はそれを正すためこの領域、人材領域に来たのだ。

 

 

 

北野唯我(KEN)

(株)ワンキャリアの執行役員兼HR領域のジャーナリスト。メディア事業の統括責任者。主な記事に『ゴールドマンサックスを選ぶ理由が僕には見当たらなかった』『田原総一朗vs編集長KEN:大企業は面白い仕事ができない、はウソか、真実か』 『早期内定のトリセツ(日本経済新聞社/寄稿)』など。

 

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