『週報』北野唯我のブログ

北野唯我のブログ、プロフィール、経歴など。人材領域をサイエンティフィックに、金融市場のように捉える為の思考実験の場。

今後の人材エージェントの唯一の社会的価値。チョッパーを見つけた「ルフィ」編

 

ある時、私はONE PIECEを1.4倍速で見ながら、ふと、こう思いました。

 

  チョッパーって、ルフィに付いていって本当に幸せだったのかな?と。

 

チョッパーは作品の中で、元いた島を離れ、麦わらの一味に入ることを決意しますが、これは冷静に考えてみると「死ぬかもしれないリスキーな旅」です。例えるならシード期のベンチャーに入るようなものです。そこで幼い頃の私は、チョッパーは今、本当のところ、どう思っているのか、それを想像しました。最終的に私が結論としてたどり着いたのは

 

 海賊王ルフィは、類稀なるリーダーであると同時に、類稀なる「人材エージェント」でもあった

 

ということでした。

 

どういうことでしょう?

 

論点:転職で、幸せになれる人と、なれない人の違いはなにか?

 

まずそもそも、チョッパーが麦わらの一味に加わった行為は経済活動の視点からいうと、完全に「転職行為」です。(1)一緒に働く人を変え、(2)働く場所を変えているためです。したがって私の疑問を言い換えるのであれば、

 

 チョッパーは転職して、今、満足しているのか?

 

ということです。まず、データを見てみましょう。そもそも基本的に人は転職して「満足する人」の方が、「不満に思う人」より多い傾向にあると言われます。

 

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http://tenshoku.mynavi.jp/knowhow/reason/140214/index

 

しかし、この数字は極めて「人材会社のポジショントーク(=誘導)」である可能性があります。すなわち、そもそも上記のデータには、転職しようか迷った、結果「転職しなかった。けど満足している人」の数字が入っていません。言い換えれば

 

 転職してよかったと思う人は確かに多いだろう。

 でも、現職にステイしたから幸せになれた人も多いかもしれない

 

ということです。すなわちチョッパーが転職して幸せだったかどうかを、本質的に考えるためには、こう言い換える必要があります。それは「どんな人であれば、ほぼ確実に、転職して幸せになれるか?」です。

 

結論からいうと、チョッパーはおそらく、転職したことによって幸せになれるタイプの人(?)だったと思います。その理由はシンプルで

 

 チョッパーは「異端児」だったから、

 

だと私は思います。そもそもチョッパーが村を出た理由は「どうしようもない理由から」でした。「鼻の色が他の人と違うこと」と「人間トナカイになったこと」でした。他のトナカイとは違うが、人間とも違う。それらを理由にいじめられていた。そこにルフィが訪れ夢を語り、力強く「一緒に働こうぜ」と語り、チョッパーは麦わらの一味に加わることを決意します。このルフィの行為は、もはや完全に採用活動における「アトラクト面接」です。

 

(参考)面談の4種類

・見極め面談 (=面接)(M)……候補者を評価するための面談

・アトラクト面談(A)……候補者を魅力づけ、志望度を高めるための面談

・調査面談(C)……インタビューや調査など、情報を獲得するための面談

・相談(S)……対象者の悩みや不満を聞き、信頼関係を構築するための面談

 

 

チョッパーが「島を出たい。転職したい」と思った理由は彼の身体的な違いであり、「同質化圧力」です。故郷にいて幸せになれた可能性は、極めて低かったでしょう。

 

転職は、平和をもたらすが、マクロの「生産力」は変わらない

 

ここまではチョッパーの視点、すなわち「求職者」の視点で語ってきました。次はもう少し視点をあげ、そもそも「転職」は、マクロの経済にどんな意味があるかという妄想を広げていきたいと思います。言い換えれば、チョッパーの転職は、ONE PIECEの経済にどんな影響があったのでしょうか?

 

これは社会学者の分析が役に立ちます。

 

かつて、フランスの社会学者・レヴィ=ストロースは、コミュニティ間の「社会的なつながり」について語りました。カリエラ族と呼ばれるオーストラリアの民族についての社会構造を分析した彼は、カリエラ族が異なる部族同士で結婚する制度をつくることに注目し、結果的に結婚が部族間での「社会的なつながり」を担保したと指摘しました。(つまり「結婚とは、異質なものを取り入れる仕組み」だということでしょうか)

 

そして私は、これは転職活動においても同様の効果があると思います。

思えば人が誰かを必要以上に攻撃するのは大体「相手のことをよく知らないから」に起因しています。転職というのはある意味で、A社・B社・C社間の人材の交換です。新しい血を取り入れるということは、「相手のことを知る」という意味で「社会的な繋がり」を強固にする効果があると考えられます。私は転職も同じ効果があると感じます。

 

一人当たりの売上は企業ごとのバラツキより、産業ごとの方がはるかに大きい

 

一方で、もう少し視点をあげると、転職というのは極めて面白く、“普通の転職”は国内の経済に与える影響は微々たるものです。まず、転職は一般的に「同業種間の転職」の方が、「異業種間の転職」より多いです。

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※   転職の44%が同業種間の異動で、他業種間の異動(38%)より多い。http://www.works-i.com/pdf/150323_wp2014.pdf

 

ですが、これは国内の生産性を上げる“経済的効果”はほとんどありません。なぜなら経済(GDP)は、会社間の違いより、「産業単位のばらつき」に影響を受けるからです。すなわち半数以上の転職は経済へのインパクトは微々たるものだということです。(これは詳しくは「アロケーション仮説」をご覧ください。)

チョッパーの例でいうと、彼が生まれた「ドラム島」から、海賊になったことは業種が異なるため、ONE PIECEの世界のGDPに影響を与えます。一方で

 

 麦わらの一味に入ろうが、黒ひげ海賊団に入ろうが、GDPへのインパクトはそんな変わらない

 

ということです。これがマクロで見た時の「チョッパーの転職活動」です。

 

「村からはぐれた”次のチョッパー”」を連れてくる仕事以外は、「AI」で代替される

 

それでも、私がルフィが優れた「人材エージェントである」と語る理由は、彼の「人事としての価値」が極めて高いことにあります。

 

一般的にベンチャーリファラル採用(紹介による採用)を多く活用していますが、大企業の多くは「人材エージェント」を使い社員を獲得しています。そんな「人材エージェント」の付加価値はどこにあるのでしょうか? 

 

それは結論からいうと、

 

 組織の「異常値」である一匹狼を捕まえてくること

 

だと私は思います。人材エージェントに対して、ネットではたまに「自分が行きたい企業よりも、エージェントが勧めたい案件をゴリ押しされる」という不満がつぶやかれます。

これは言い方が悪いですが当然で、求職者がコモディティだからです。今はまだ心あるキャリアアドバイザーが存在しますが、今後はAIの発展によって普通のマッチングが自動化されていくのは間違いないでしょう。「人材エージェント」の産業も「付加価値があるフィールド」のみに集約され、他はAIで代替される。

 

では、AIで代替されづらい部分はなにか? その1つは異常値、すなわち「次のチョッパーを採ること」が、人間がやるべきことになっていくと考えます。異常値は過去のサンプル数が少なく機械学習が進みにくいと思われるからです。

 

つまり

 

 ルフィは、チョッパーというコミュニティの「異常値」を見つけ、引っ張ってきた。

 
 

だから、私はルフィは類まれなる「人材エージェント」だと思ったのです。

 

1匹狼たちは「新しい産業」を生み出し「組織に多様性」をもたらす

 

さて、そろそろ終わりにします。

何が言いたいか?

 

それは「人材エージェントの未来の社会的価値」についてです。私自身は人材会社が割と好きなのですが、あえて価値を語るなら、この1点のみだと思います。

 

 同調圧力で潰れてしまいそうな「優秀な人」を見つけてあげること

 

チョッパーはフィクションの世界の生き物ですが、実際には彼のような人材はどの会社にもいます。身体的特徴や生まれ、考えなど自分自身ではどうしようもない部分で同調圧力を受けてきた「才能のある人」、その人材を見つける。それこそ人材エージェントの本質的な社会的な価値だと思うのです。

 

そしてそういう「異端児」と呼ばれる人材は、新しい航海に出かけて、大海原に広がる大秘宝を見つけ、社会に大きな変革につなげる可能性をもっています。ただ、私が語っているのは“ルフィ”ではありません。ルフィのような存在は、人材エージェントがなくても、自らの力で声をあげ、立ち上がります。一方でチョッパーは誰かの一声が必要だった。彼のような存在を見つけ、発掘すること、それこそが今後の人材エージェントの唯一の社会的価値だと私は思うのです。